Mr. Domo goes to
the
United States
of
America.

       

   海外旅行記概要

為替が変動相場制になったのはいつ頃だろうか。1973年のオイルショック・・・商店からトイレット・ペーパーが消えた。ガソリンが1リッター45円だったが、日々値上がっていった・・・。そして、就職して初月給が7万円台だったのを覚えている。 このころは海外旅行なんてまったく思いもしませんでした。物価の高騰が続く1985年に初めて海外旅行 (某旅行社のアメリカ西海岸とハワイの旅)に出かけました。その旅行をきっかけに海外旅行が病みつきになり、毎年のように行くようになりました。

《海外旅行》
1985
アメリカ西海岸

ハワイ
1987
ヨーロッパ

 
1989
サン・フランシスコ
 
1990
ロス・アンゼルス
 
1993
アメリカ西海岸
 
1994
香港

 
1996
ハワイ

 
1997
タイ王国

アメリカ東海岸
1998
イタリア

オーストラリア
1999
中国(北京)

ニューヨーク
2001
台湾
ヨーロッパ
2002
アメリカ N.P.
 
2003
アメリカ西海岸
 
2004
アメリカ N.P.

 
2005
イタリア
 
2007
アメリカN.P.
 
 
2009
ハワイ
中国(上海)
 
2011
ハワイ

アメリカN.P.
ニューヨーク
2013
ニューヨーク
 
 
2014
ボルネオ島
ハワイ
 
2015
アメリカN.P.
 
2016
バルセロナ
 
2017
エジプト
 
 
 


 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  

1985年1月 10日間 US$1が約250円 初めての海外旅行

アメリカ西海岸(L.A.&S.F.)とハワイでした。

初めて降り立った場所で『うわぁー!みんな外国人だぁー!』と感動する。何故でしょう? 自分が外国人であるのにもかかわらず自分のことを忘れてしまってる。この経験は皆さんあると思いますよ。

次に、私は添乗員に連れられてマイクロバスへ移動中『小銭は現地でしか両替できませんので、空港に降りたらすぐに替えておきましょう。チップなどですぐに必要になります』と 某旅行誌に書いてあったのを思いだし、両替所を探しました。『Excuse me!』もろくに言えず、ちぐはぐの英語で10ドル(TC)全部25セント硬貨に替えました。相手は、『10パーセントの手数料が掛かるけどいいですか? 幾ら換えるのか?』と訪ねていたのですが、何せ初めての英会話です。相手は何を言っているのかさっぱり分かりません。私は『スモール・チェンジ、スモール・チェンジ、イエス・イエス』で36枚の25セント硬貨をゲットしました。相手はものずごく無愛想でした。多分、変な日本人だと思われていたことでしょう。

皆さん!団体行動の時は、勝手な行動はやめましょう。でも、私はチップ のことなどで、頭がいっぱいでした。よく考えてみると、私たちのツアーはすべて込みで基本的には、何もいらなかったのです。

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1985年12月 10日間 US$1が約200円

2回目のハワイです。宿泊場所はコンドミニアムで、ファミリーカーを借りた自由な旅行です。

タンタラスの丘に行き、そこからの眺めには圧倒されます。そこでの記念写真を見て気が付いたことですが、写ってる椰子の木が大きく成長していることがわかりました。『1年でそんなに大きくならないぞ ~ぉ!?』 いいえそれは、プレスリーの映画「ブルーハワイ」(1961年)で、プレスリーが彼女とピクニックにタンタラスの丘に行ったシーンで 、同じ椰子の木が映っているのです。24年も経てば椰子の木も大きくなるね。

マウイ島に行きハレカラ火山に登ったときは、 とても寒くハワイも冬だといたことを実感しました。

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1987年12月(3回目) 10日間

ヨーロッパはマドリッド・パリ・ロンドンの旅行です。
とにかく驚いたのは、建物が2~300年建っているのをそのまま使っていることです。完全にタイムスリップした感じです。 その街の市内観光以外自由なので、結構楽しめました。やはり自分の足で観光することです。


◎マドリッド◎
クリスマスでイルミネーションがとても美しかったです。言葉がきつい?歯切れがよい?デパートに行ったら日本より凄かったです。前回の旅行がアメリカで、人と人がぶつかることがなかったのです。ここではそんなことお構いなしでした。

カフェで、コーヒーを頼んで来たのがエスプレッソでした。これは飲めない!でも、全部飲みました!これで覚えたのが『カフェコンレチェ』です。エスプレッソをミルクで割ると丁度良い飲み加減です。【番外編】私の町では『ミーコ』といいます。私の子供はこの言葉を知りません。ほとんどの方は知らないと思います。神戸の一部の地域で使われていたと思います。【番外編その2】エスプレッソ約20%をミルク約80%で割るとカフェラテ、ミルクコーヒー(カフェオレ)はコーヒー約50%ミルク約50%です。しかし、ミーコは奥が深く?、ホットミルクにインスタントコーヒーを入れる。ミルクは貴重でアメリカから輸入した脱脂粉乳を使っていたかも?要はミルクコーヒー ミーコです。

お昼にガイドブックを見て、日本語のメニューのあるお店に行きました。もちろん頼んだのは、パエリアです。一人前でけっこうボリュームがありました。ただ、オリーブオイルがよく利いていたので、私にとっては、お味の方はもう一つでした。

マクドナルドがあったのですが、ここまで来てマクドのハンバーガーはないだろうと思って入りませんでした。しかし、ここの店舗は内装が昔のままで『世界でもここだけ』ということが、帰国してからわかりました。残念!

夜は、フラメンコ(タブラオ)での食事です。英語の会話集を見ながら電話で予約しました。前から2番目の席でした。1番前はどうも常連のお客さん用でした。一番後ろは、日本の団体の観光客です。この団体さんはツアーの一部なのか、疲れて寝ている人もいました。同じ日本人として、最悪のおもいです。

さあ、フラメンコも佳境となりましたが、まもなくシンデレラです。残念ながらホテルに帰ります。フラメンコがこんなに素晴らしいものとは知りませんでした。

◎パリ◎
日帰りでTGVに乗ってスイスに行って来ました。もちろん買い物の予定があったので楽しみにしていました。

夜、ここではムーランルージュでのショーです。帰りがシンデレラを過ぎてしまい、タクシーが捕まらず。地下鉄でホテルに帰りました。これがいけなっかたのです。切符を買おうと売り場に行くと、売場はクローズしていました。勝手に乗れと駅員が言わんとばかりで、私たちは無賃乗車しました。

それから、下車する駅について、ドアが開いたとたん、数人のジプシーに囲まれて気が付くと私のすべてのポケットに2~3人の手が入っていました。

被害はなかったのですが、お上りさんの日本人に見えたのでしょう。反省しています。そのことを、ヨーロッパを仕事で毎年いている上司に話をしました。『そうなんですよ!わたしもやられましたね。そして、警察にいたのですが、ボーとしているあなたが悪いと逆に叱られましたよ』と言っていました。

皆さん気を付けましょう。相手はグループできます。囲いをする者、被害者の気を引きつける者(足などを踏む)、ポケットに手を入れて金品を盗る者、盗ったものをもらい逃げる者、勝負は列車のドアが開いて閉まるまでのわずかな時間です。

◎イギリス◎
着いたのが25日のクリスマスです。公共の交通機関がお休みです。タクシー以外走っていません。カルチャーショックです。信じられません!

次の日、市内観光だったのですが!英語で書かれたバウチャーでは、ある場所に何時と書いてありました。昨日に渡された日本語の予定表には、ホテルのロビーに集合となっていました。日本語の方を信じて指定された時間にホテルのロビーで待っていました。しかし、私たちが乗る予定のバスは来ません。部屋に帰って、電話で旅行社に交渉し、日本に帰ってから市内観光分返金していただきました。やってみるもんだ。

タクシーでバッキンガム宮殿に直行する。衛兵交代の時間である。ラッキー!!

 

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1989年7・8月 27日間

アメリカ西海岸(サン・フランシスコ中心)
出発の一週間前・・・
アメリカ出張予定の同僚A氏が、その出張を突然に取りやめなくては成らない出来事が起きる。アメリカ出張を取りやめたA氏と同行するもう一人の同僚M氏が、私にアメリカ出張をお願いできないかと頼みにこられた。私は二つ返事でOKする。一人で行かなくてはならなくなった同僚M氏はとても安堵した様子でした。私に頼んだ理由は、この当時、アメリカに入国するのにビザが必要であり、職場内ではアメリカの渡航ビザを持っていたのが、私だけだったのである。もちろん、パスポートもね!翌日、大ボスに呼ばれアメリカ出張を了承しました。
 

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1990年7・8月 23日間 

アメリカ西海岸(ロス・アンゼルス中心)
6月に昨年と同じ仕事が私に入ってきました。断る理由もないので引き受けました。
 

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1993年8月 11日間

アメリカ西海岸(S.F.&L.A.) 息子たちと3人です。

同僚とアメリカ横断の計画を立てる。しかし、諸事情により実施できず。

しかし、私の心はもうアメリカに向いてます。そこで、旅行社のパック旅行ではなく、自分ですべての日程を決た個人旅行です。家庭での会話もなく日々過ごしてる息子たちと旅行することにしました。長男は高校2年生、次男は中学3年生です。この時期を逃すと、もう息子たちと海外旅行なんかしなくなるだろうと思い、思い切って出発することにしました。(8年ぶりです。正確には7年と8ヶ月です)

私はワクワクでした。ところが、飛行機の中で次男がトイレに行って、自分の席になかなか戻ってきません。心配になって見に行くと案の定、一番後ろで真っ青な顔をしていました。近くにいた男性にお世話になっていたので、お礼を言いました。ところがその方はその場所で立ってタバコ吸っていたので、客室乗務員に『$5の罰金です。住所と名前を書いて下さい』ということで渡されたメモ用紙に自分の住所等を書いていました。とても紳士な方でした。私はその出来事の1時間程前に、客室乗務員の席でタバコを吸っていました。もちろん私はそんな規則は知りませんでした。ただ、ゆっくりとタバコを吸いたく、客席が空いていなかったので、客室乗務員の席に座ってタバコを吸っていたのでした。お礼を言っているときは何ともいえない気持ちでした。

息子もようやく気分が良くなったみたいです。一安心です。

さぁ~!ロスの空港に着きました。レンタカーを借りに行きます。日本から予約してあったはずなのに、手続きに時間がかかりました。理由は簡単です。『言葉がうまく通じなかった、聞き取れなかった』のである。ようやく手にした、車のキーである。東西南北、方向がわからない????地図をじっくりと眺める。ハイウエーの方向、どこで降りるのか等々でした。

小言編:ロスは完全に車社会で、車は必需品です。しかし、海外旅行が初めての方は、絶対にやめる方がいいです。ロスに住んでいる、アメリカ人もハイウエーでダウンタウンを抜けるのは迷うそうです。

私!?!?同じです。ダウンタウンでは、出たり入ったりで大変迷いました。でも、一番参ったことがありました。初日に、ハリウッド方面を探しているときでした。ハイウエーから降りて、やっと見つけた人に英語で道を尋ねたら、『私は英語が出来ません ・・・』と英語で答えられ、さっさと逃げられました。私は、唖然としてしまいました。しかし、ロスではよくあることです。スペイン語の方が多く話される場合があります。
 

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1994年12月 5日間

返還前の香港です。
残念ながらカメラをどこかに忘れてきました。集合時刻に間にあわなかったとき、タクシーで行こうとしたが、3台ぐらい乗車拒否されて、慌てて乗り降りしていたので多分そのときに忘れたと思います。タクシーはホテルの前から時間の余裕を持って乗りましょう。

私たちは完全に遅刻なので、H$30~40のところ『H$80で行ってくれ!』と頼んで無理矢理に集合場所まで行ってもらいました。九龍側と香港島側とに営業エリアが分かれていて、テリトリーが違うとお客さんを乗せることが出来ないみたいです。つまり、九龍側からお客さんを乗せて香港島にきた、タクシーは香港島エリアでは営業が出来ないとのことです。その他、道路状況(駐車禁止区域等)によっては、いくら手を挙げても止まってくれません。
 

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1996年7月 7日間

久しぶりのハワイです。(10年と7ヶ月ぶり)
カラカウワ通りの夜がすごく変わっていました。XXがすごく多かったことです。もちろん声をかけられるのは、日本の男性です。残念です!寂しいものを感じます。

何でも言ってみよう!けっこう安いツアーで行ったので、ホテルの場所が運河側でした。それは最初から分かっていたことなんですが、キーをもらって部屋に入ると、ドアにドアチェーンがありません。ホテルの従業員が通りかかったので、そのことを言うと、『ドアロックが新しくなって内側からロックすると、外側からは私の持っているキーでも開かないのでこれでいいのです』と言われました。

もちろん従業員の説明で納得しましたが、ドアに日本語と英語でホテルの非常階段等々の注意書きの一つに『必ずドアチェーンをかけて下さい』と書いてありました。ふと、頭の中に『にここはアメリカだ!文章になっているってことは?ダメもとで言ってやろう!』と思い、フロントに電話して、そのことを伝えて直ぐ来るように頼みました。直ぐには来なかったけれど、私の言っていることは分かってくれたようでした。でも私は適当に答えられて、いい加減に済まされたと思っていました。

次の日の朝のことです。作業服を着た大きな男性二人(私の身長が172cmで見上げたので180~190cmあったのではないかと思います)が道具を持って来ました。私はあきらめていましたので、びっくりしました。そして、直ぐに作業に取りかかったのはいいのですが、やり方が小学生の工作のようでした。四つビスを付けるところを、一つ目はビスが途中で折れてしまう。二つ目は途中までで、ネジ山がつぶれて半分出たままです。三つ目は一様最後まで締まったようだが、ネジ山はなかった。最後の一つだけがきちんと締められていました。

つまり、ネジが利いていたのは二本だけです。でも作業員は『No Problem!』で満足そうに帰って行きました。仕事内容を見ていて私は、アメリカをすごく感じ、変に納得しました。何でも言ってみよう!
 

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1997年3・4月 5日間

タイ王国です。 暑いよぉ~!

海外旅行に填り込んでます。
ちょっと失敗。『楽々出発・・・』とあり、出発はのんびりとしたのですが、現地に着きホテルに着いたのがとても遅かった。そして、次の日は朝がとても早く、メコン川を小さな船で移動した。3月下旬だったがタイは一番暑い時期。タイでの初日から体調は良くなく、寺院に着いたら見学せず日陰で休憩ばかり。
 

 

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1997年8月 11日間

サン・フランシスコ(レディング) → ヒューストン → ニューヨーク

ヒューストンに知人が居るので、ホテルもとらずに旅行にでようとしました。しかし、日本にいる友人に「ニューヨークだけは絶対にとっておいた方がいいよ!」といわれたので、出発の2週間前にニューヨークだけファックスで予約を入れました。そこの日本人オーナーに「あなたはラッキーですよ!丁度キャンセルがあって開いたとこなのよ!普通は2~3ヶ月前に予約を入れてもらわないと、とれないのよ!」といわれました。 35階建てのビルで35階のFの部屋でした。電話も自由にに使えるアパートです。これはいいですね!
 

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1998年3・4月 8日間

イタリアです。

イタリア・ルネッサンス街道8日間の旅です。
 
 

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1998年7・8月 8日間

オーストラリアです。

ゴールドコースト・シドニー8日間の旅です。留学している友人を訪ねて・・・。
 

 

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1999年3月23~26日 4日間

一度は行ってみたかった中国は北京です。

費用激安!全食事付きで39,800円でした。何でこのような費用で行けるのか?でも、内容は費用からすると五つ星クラスで最高でした。満足!満足!大満足!
 

 

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1999年8月6日~29日 24日間

アメリカはニューヨークに決定!

1997年の逆のコースをとりました。サンフランシスコ経由でのニューヨークです。時差が13時間です。これはやはりきついです。


 

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2001年3月28日~31日 4日間
台湾に決定する。
3泊4日と短いですが、久しぶりの海外旅行です。帰りのフライトは1時間55分でした。本当に近いんですね。

台湾の方はとても親日的です。もちろん、なかには愛想の悪い人もいます。今回泊まったホテルの朝食の受付にいた人でした。そんなことで、こちらも『お客様は神様だ!』と高飛車に出ても意味がないと思い。2日目も同じ人に『早!(ザオ!)』と挨拶。でも、無愛想。3日目にはその人が小さな声で『早!』と挨拶を先にくれました。私も『早!』と挨拶が気持ちよくできました。『お客に挨拶をせんとは何事だ!』と怒ればそれまで。一つ余裕を持つことによって出来る、人のつながりではないかと思いました(万国共通) 。
 

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2001年7月30日~8月8日 10日間

第一候補:ドイツ(ロマンティック街道)
第二候補:
アメリカ(ラスベガスとグランドサークル)
第三候補:
アメリカ(ニューヨーク or シカゴからニューオリンズまでのジャズの旅)

やはり第一候補に決定しました。
夢のユーロスターとロマンチック街道(スイス・アルプス、パリ、ロンドン)

一眼レフを購入しましたので、ばっちり撮ってきます。

今年のヨーロッパは異常気象とのことでした。イギリス以外、ドイツ、スイス、フランスと暑かった。ただし、その暑さはタイとかに比べる程ではありませんが・・・。今回の某旅行者のパックで行きましたが、行程の一部で1ランク上のグループと一緒にされて、その差をまざまざと見せつけられました。しかし、心の余裕が必要と思い『その分、地下鉄には朝の通勤ラッシュに乗ることもでき、ホテルの周りでは、地元の雰囲気がよく感じられました(苦笑)』

一眼レフは難しいです。やっぱり絵心が必要です。でも、頑張って編集します。今のところ8月26日(日)までには完成する予定です。

ちょっと失敗編:ドイツ→スイス→フランス→イギリスと来て、イギリスのバッキンガム宮殿の前で衛兵交替の時間が知りたかったので、隣にいた家族連れに『キャン・ユー・スピーク・イングリシュ?』と聞いてしまった。瞬間、『ここは英語圏なのだ×¢£%☆○・・・・・・?』遅かった!しかし、何食わぬ顔をして『あなたはバッキンガム宮殿の衛兵交替の時間を知っていますか?』と適当な英語で聞きました。返事は『イレブンオクロック!』でした。
 

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2002年7月29日~8月14日 17日間

第一候補:アメリカ(ラスベガスとグランドサークル)
第二候補:
アメリカ(シカゴからニューオリンズまでのジャズの旅)
第三候補:
アメリカ(ニューヨーク)

今回も第一候補でした。一眼レフ、コンパクトカメラ、8mmビデオカメラ(新規購入)ともって行く。一眼レフに入れたフィルムはリーバーサル、それに三脚、何かプロのカメラマンみたい。正直言って重たかったです。

ラスベガス:(最近、すごく時差を感じるようになりました)
チェック・インしたけど、エレベーターの場所まで行くのに迷子になってしまった。カジノを通ったのが間違いでした。
 ↓
ザイオン:巨岩群に圧倒される。
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ブライスキャニオン:いきなりブライスポインとからの眺め、目が眩む。
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キャニオンライズ:ジグザグ道に同乗者の家内が車酔い。デットホースポイントは次の日に変更。
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アーチーズ:ちょうど良いトレッキング。デリケートアーチに着く一歩手前の断崖絶壁の道に戦く。安全な道もあります。
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メサベルデ:火事で閉鎖!残念でした。『来週の金曜日まで(8/9)』と聞いたのですが?
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モニュメントバレー:西部劇そのまま!バレードライブを少し入るが、雨が降ってきたので、大急ぎで戻る。その後すごい夕立でした。
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レイクパウエル:猿の惑星を思い出しながら、ビューポイントからしばし休憩。マリナーまで行き、私の家以上はあるボートハウスの進水を見る。アンテロープキャニオン:やはり幻想の世界である。上から差し込む光は、昼が一番良いのですが、人が多くて・・・・・・・・。
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グランドキャニオン:サンライズを見るため早起きする。ちょっと疲れが出た。サンセットを見たと、公園内は車が多く、街の中を走ってるみたいでした。
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レイクハバス:ロンドンブリッジを渡る。暑すぎる。レイクパウエルが大人(ファミリー)のリゾート地であったら、ここは若者のリゾート地である。夕方は暴走ボート族ならず。凄いエンジン音と排気ガスの臭いで、少し体調を崩す。
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ラスベガス:一つのホテルが巨大である。チェックインまではスムーズであるが、エレベーターを探すのにまた迷う。
 

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2003年7月28日~8月13日 17日間

第一候補:カナダ
第二候補:アメリカ(国立公園)
第三候補:
北欧も良いかな?
 

夏なら涼しいところが良いよ!前回は暑かった・・・・・・!やはりアメリカかな・・・L.A.(in&out)3月13日(木)チケットにOKがでる。
 

カナダに渡航制限?「渡航の是非を検討して下さい」カナダ(トロント)に対する渡航情報(危険情報)の発出(2003/04/24)

☆アメリカ西海岸ドライブの旅

関西国際空港→ロサンゼルス国際空港:定刻通り のフライトでした。夕食に念願だったLAXのEncounter Restaurantに行く。お勧めします。
 ↓
ハリウッド:チャイニーズシアター等々、おきまりコースの観光です。ここに来る前にドックウェラー・ステイト・ビーチからパロスベルデス半島までの海岸ドライブコースを通ってきました。
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アナハイム:やはり定番のディズニーランドでしょう。今回、私は5回目です。前回来たときの駐車場がディズニー・カリフォルニア・アドベンチャーになっていた。新しいカリフォルニアには行かず定番の方を夕方から11時半までたっぷりと楽しみました。ポイントは8時のパレード、9時30分の花火、10時30分のファンタズミックである。
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サンタバーバラ:アンダルシア風の大人の高級リゾートというよりも、メキシコの色が濃いかった。Cabrillo Blvd.はパームツリーが並ぶすてきなところです。夕日が沈む浜辺はとても良いですよ。
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ビッグサー(CA-1) 絶景が約100mi.も続く 。峠を越える感じなので思った以上にカーブが多い。絶景ポイントにはレストランなどがあるので立ち寄ると良い。 ラッコが貝を割って食べているのが見える。水族館でしか見たことのない私にとっては感動である。
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カーメル:俳優クリント・イーストウッドが市長を勤めたことがある町である。ギャラリーが目に付く。芸術家が多いのであろう。町が緑でおおわれ窓辺やテラスには季節の花が飾られている。 その花々がひときわ目立ったのが
Lamp Lighter Innである。目立つような看板がなく落ち着いている。 暖炉に火がともっているのにはビックリ!
 ↓
17mileDr.:ハイウェイ・ゲートから入り、しばらく森林コースを走る。これなら神戸にある六甲山ドライブウェイと同じだと思いつつ、海岸線にたどり着く。海岸線は確かに景色は良い。しかし、$8.25とは高いような気がする。
 ↓
モントレー:
風光明媚な町 といわれるが、こちらの方が人が多く、ざわついている感じだった。アメリカ国内でも注目されている水族館を目指したのですが、その人気は凄く、入口に長蛇の列である。入ってもゆっくりと観賞できないと思い、フィッシャーマンズワーフに変更し、モントレー発祥の桟橋に行く。
 ↓
サンフランシスコ:ゴールデン・ゲート・ブリッジに3回も行く、街と橋が見わたせるポイントには2度も行く。これで渡り賃が$10でした。フィッシャーマンズ・ワーフ はやはり観光客でごった返している。中華街は食事が美味い。その他、見所の多い街である。ホテルのアイスマシーンの前で、男性がか細い声で「氷がtraffic jamで出ない」(traffic jamだけ聞き取れた)と私に助けを求めてきた。私は男性的に力強くアイスマシーンを叩く、氷が落ちてきた。サンフランシスコだけに、あの人は○○だったのかな?
 ↓
ヨセミテNP:森林と目の前に迫る巨岩に圧倒されます。ここのシンボル的存在のハーフドーム。ハーフドームを見るための最高のポイントであるグレイシャーポイント。ロッククライマーがいないかと必死に見入ったエルキャピタル。世界で3番目のヨセミテ滝等々。私は3泊でしたが1週間いても良いところです。
 ↓
セコイヤ&キングスキャニオンNP:ヨセミテでWawonaに泊まっていたので、景色がだぶってしまった。でも、360度の展望が出来るモロ・ロックに登って感動する。高所恐怖症の方は登るのは要注意です。シャーマン将軍の木に人だかり、写真を撮るのに順番待ち。トンネル・ログを車で通る。
 ↓
サンタモニカ:ベニスビーチへと車で海岸まで行く。駐車場が$7.75だったと思う。手前に$5の所があったのですが・・・。サンタモニカに着いて撮りたかったのがサンタモニカ・ピアのゲート。ここでは上手く3時間無料の駐車場に止めることが出来る。同じ場所で隣のスペースがメイシーズ百貨店の駐車場でした。ピアに行って、ここでもクラムチャウダーを食べる。
 ↓
ロサンゼルス国際空港→関西国際空港:定刻通りのフライトでした。

いろいろと皆さんに情報をもらったのに役立てることが出来なかった。あれもこれもと欲張らないことを反省する。
 

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2004年USAドライブの旅 7月21日~8月7日 18日間

 
第一候補:USA イエローストーンNP
第二候補:?
第三候補:?

しかし、密かに車でアメリカ横断を思っている。2004年3月13日(土)やっぱり、イエローストーンNPに決定する。18日間の基本的な日程を決める。

2004USABooking
2004年7月17日現在の予定・予約状況

○3/13 航空券の予約をする。
○3/15 Grand TetonとYellowstoneの宿泊ネット予約をする。
○3/20 第1・2・15・16日目のラスベガスの宿泊ネット予約をする。
○3/23 Xanterraよりザイオンでの駐車許可書が届く。
○3/25 Grand Teton Lodge Companyより確認書とパフレットが届く。
○4/・・ 航空券の往復OKが出る。しかし、帰国便がリクエストした便が取れないので、こちらのOKは出さず。
○4/・・ 銀行口座よりグランドティトン、イエローストーン、ザイオンの各ロッジのデポジットが落ちる。
○5/・・ 銀行口座よりラスベガスでのホテルのデポジットが落ちる。
○5/24 思ったより早くリクエストした帰国日の便にOKが出る。
○5/25 航空券のデポジットを払う。
○6/05 ネットでレンタカーをネット予約する。
○7/04 往路でのSalt Lake Cityは金曜日になるのでモーテルをネット予約する。
○7/07 国際免許を取得する。
○7/08 CitiBankの外貨キャッシュカードを申し込む。
○7/15 CitiBankの外貨キャッシュカード届く。
○7/16 クレジットカードで海外旅行保険に加入する。
○7/17 海外旅行保険の被保険者証が届く。

<7/21第1日目>関西国際空港→Los Angeles→Las Vegas
<7/22第2日目>Las Vegas
<7/23第3日目>Las Vegas→Salt Lake City
              Rent a Car Check Out
<7/24第4日目>Salt Lake City→Grand Teton National Park
<7/25第5日目>Grand Teton National Park
<7/26第6日目>Grand Teton National Park→Yellowstone National Park
<7/27第7日目>Yellowstone National Park
<7/28第8日目>Yellowstone National Park
<7/29第9日目>Yellowstone National Park
<7/30第10日目>Yellowstone National Park→Salt Lake City【未定】
                          Salt Lake City Motel6【未定】
<7/31第11日目>Salt Lake City
                          Salt Lake City Motel6【未定】
<8/01第12日目>Salt Lake City→ Zion National Park
<8/02第13日目>Zion National Park
<8/03第14日目>Zion National Park
<8/04第15日目>Zion National Park→Las Vegas
<8/05第16日目>Las Vegas
<8/06・07第17・18日目>Las Vegas→Los Angeles→関西国際空港
                                      Rent a Car Check In2004USAdrive
2004アメリカドライブの旅
(往路:オバーブッキングによるインボラアップである)

ラスベガス:やっぱり暑かった。フライトによる疲れはほとんど無し。アップグレイド様々である。
Jubileeのナイトショーはフランスのムーランルージュ以来であ った。Grand Teton National Parkまでのロングドライブに備えて、時差ボケをなくすため体調を整える。
Harrah's Las Vegas Hotel & Casino($90.00)は立地条件が良く、こぢんまりとした派手さのないホテルである。
 ↓
ソルト・レイク・シティー:ラスベガスからI-15を北上するが、郊外に出ると直ぐにほとんどの車が85マイル以上で走行していた。気が付くと自分の車も90マイルも出ている。車間距離を取りながら流れに逆らわず走行する。緊張した。ソルト・レイク・シティーは通過点である。帰路では一応、市内観光 かゴブリン・バレーを考えていた。Motel 6($51.99)で夜中にちょっとした捕り物があり騒ぎとなる。私は爆睡していたので何も分からなかった。朝、コーヒーを取りに行くときに、パトカーが3台、警官が2階の部屋をノックして、出てきた若い男性を逮捕する現場を目撃する。その男性は抵抗する事もなく敢え無く御用となった。
 ↓
グランド・ティトン:ソルト・レイク・シーから同じくI-15を北上する。郊外に出ても、今度はほとんどの車が75~80マイルでの走行である。もちろん流れに逆らわず走行する。US-26→ID-31→YW-22→US-89→Jacksonと移動し、Moose Junctionから Teton Park Rd.に入る予定が、Moose Junctionに気が付かず、そのままUS-98を北上する。その景色に圧倒される。最高のドライブである。しかし、制限速度が65マイルだったと思うが、 約100Km/hの走行である。ノンビリと景色を楽しんでいる余裕はなかった。昼から山並みは逆光になるので、次の朝に写真を撮りに行く事にする。Jackson Lake Lodge (Cottages $167.00) ここのフロント・デスクの2階からの眺めは最高である。写真では表現できないと思われる。朝、10℃ぐらいであった。寒かった。
 ↓
イエローストーン:グランド・ティトンからOld Faithfulを目指し移動する。ここ一番の間欠泉を観て、その凄さに感動する。Grant Village($112.00)へチェック・インしようと宿泊棟には着くが、フロント・ディスクが分からず。近くにいた係りの電気自動車?に先導されて、フロント・ディスクに着く。モーニング・ブローリー・プールも最高であるが、ミッドウェイ・ガイザー・ベイスンのGrand Prismatic Springの美しさにも驚かされる。次の宿泊場所Canyon Lodge ($82.00)で、私たちが泊まる宿泊棟の前で、雄のエルクとご対面である。でかい。優雅である。Canyon Lodgeの朝が一番寒かった。10℃を下回っていたのではないかと思う。ここの公園は想像していた以上に広かった。いろんなプールを観ていると吸い込まれそうになる。しかし、湯気に当たるとやっぱり温泉と納得する。アメリカ人かな?プールを観ながら物思いに耽ていた。何とも言えない色合いは分かるような気がする。
 ↓
ジャクソン:イエローストーンからの帰路は早く南下してソルト・レイク・シティーで一泊して、Hanksvilleで宿を取りゴブリン・バレーと 思ったが、ジャクソンに着いたのが午後4時頃である。洗濯物もあり週末でもあったので、インフォメーションで宿を探してもらう。とても親切であった。 だが、すべてが200ドル以上した。だめだ、諦めず次の5件目でElk Refuge Innを紹介していただく。($120.00だったがAAAで$110.00になった。)町からちょっと離れているが、景色の良いキッチン付の広い部屋である。チェック・インした後、直ぐに次の客が来たが部屋はなく諦めてどこかへ行った。 間一髪であった。ゴブリン・バレーを諦めたので、ゆっくりとした出発である。朝市があった。早速、メロンを探した。1個$2弱である。 ちょっと食べるのに早かったが、美味しかった。綺麗な街である。
 ↓
ソルト・レイク・シティー:ジャクソンからはノンビリとUS-89を南下する。Bear Lake沿いの道で交通事故現場に遭遇する。その瞬間は見なかったが、3台前の車である。Bear Lakeを観たいとヨットハーバーに寄る。快く入れてもらう。湖面が真っ青な、とても綺麗な湖である。しばしのトイレ休憩。そのまま南下する。Loganの町で幹線道路から外れて迷子になる。US-89に戻りI-15に入る。またもや交通事故の現場に遭遇する。ソルト・レイク・シティーに着くが、自分がいくら安全運転でも相手から来られるとどうしようもない。市内観光を諦め、周りを花で飾るってあるモーテル(Best Western Garden Inn $85.00をAAAで$62.10であった。)のプールでノンビリと過ごし、気を取り戻す。賑やかであった。プールでは英語が通じなかった。英語が分かる方と話をすると、イタリアからの団体客と分かる。チャーターバス1台で来ていた。モーテルは朝食付きであった。自分で焼くワッフルに列が出来ていた。もちろん並んで自分で焼く。
 ↓
ザイオン:2回目である。前回グランドサークルに訪れたとき、ここだけはどうしてもザイオン・ロッジ($125.55)に泊まってみたいと思い実現する。私の眼鏡は 遠近両用である。ザイオン・ロッジに着き、周りを見渡すとどうしても歪んでしまう。めまいがするように圧倒されてしまう。 サンダーストームとはいかなくても毎日夕立がありました。一日目の夜はちょっと暑かった。2日目は涼しく気持ちが良かった。3日目その間ぐらいかな?! Lower Emerald PoolからUpper Emerald Poolへのトレッキング2時間半、丁度良い。気持ちが良かった。Angels Landingへは単独のトレッキング3時間半、残念ながら頂上までは行かなかった。頭上に覆い被さるように出てくる岩肌、来て良かった。スプリング・デールの町が前回より整備され、お店などが増えたような気がする。洗濯をしている間、昼食を中華料理店でする。美味しかった。
 ↓
ラスベガス:MGMグランド($89.95)でかすぎる。表通り(ストリップ)に出るのに時間が掛かる。後半のラスベガスでのショーはLance Burtonのマジックショーでした。言葉が理解できなくても楽しめるが、分かれば倍は楽しめる。2年前に『O』のショーを観てから、今回のラスベガスのショーは 悪くはないが特に感動はなかった。

今回のドライブ旅行を終えて:余裕を持っての行動だったので、帰国してからの疲れはなかった。帰路はエコノミーでのフライトである。 ちょときつく感じた。次回からの海外旅行はビジネスクラスで行きたくなる。そうなると2年に一度にすると何とかなるかな?
 

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2005年7・8月 11日間
中世の街イタリア

いつの日かは忘れたが、我が職場の秘書課にイタリアの地図が壁に貼ってあった。『秘書課長に何か計画しているのですか?』と訪ねると、『イタリア旅行を検討しています』とのことであった。我が職場の大ボス(イタリア経験豊富、イタリア語会話も堪能)と行動を共にすることがあり、『大ボスはイタリアに行かれますか?』と尋ねると、『私が案内しなければいけないでしょう!』とのことであった。今年は久しぶりのニューヨークを訪れようかと思いましたが、 迷った末に家内には悪いが、職場関係の人たちと初めての海外研修旅行イタリアに決定しました。

0000 オリジナル・ツアーなので特に準備することはなし。
7/15 ネットでオペラ『アイーダ』のチケットをゲットする。2日目(ローマの夜)カラカラ浴場で鑑賞です。
7/22 クレジットカードで海外旅行保険に加入する。
7/23 海外旅行保険の被保険者証が届く。
7/24 ノンビリと準備しています。と言うよりか、NHKのイタリア縦断1200Kmを見ています。
    今日は総集編と最終回です。

7/26(火)1日目:関空→ミラノ経由→ローマ
台風が近づいてきている。不安が募るが、大きなトランクを押し出発する。
関空に着くと特に風雨もなく問題なさそうである。よかった!
オン・タイムであった。ミラノへ着き、国内線へと乗り継ぎ、順調にローマに着きました。
ホテルの自分の部屋に入ると、軽食が置いてあった。午後9時頃だったのか?食べれません。果物のリンゴだけいただきました。

7/27(水)2日目:ローマ
今日、一日市内観光です。
聖ピエトロ・イン・ヴィンコリ教会から→(Bus)→サン・グレゴーリオ通り→コンスタンティヌス帝の凱旋門→コロッセオ→ティトゥスの凱旋門→フォロ・ロマーノ→セヴェルス帝の凱旋門→カピドーリオ広場、カピトリーニ美術館→(Bus)→ヴァティカン博物館→システィーナ礼拝堂→サン・ピエトロ寺院→(Bus)→真実の口(サンタ・マリア・イン・コスメディン教会) (→Bus)→トレビの泉
トレビの泉
オペラ『アイーダ』を観に行くため単独行動する。時刻が午前12時を廻っています。最後まで観たかったのですが、次の日もありますので、バスで帰るとするか ・・・。バス停が分からない?何とかタクシーを見つける。ホテルに着く。明日の出発の準備をして、シャワーを浴び、果物を食べてから寝たのが、午前2時頃だた。

7/28(木)3日目:ローマ→アッシジ
お昼にアッシジに着く。行動は殆ど人任せであるため、昼食は何処で何を食べたのか?
早速、サン・フランチェスコ聖堂へ行き、そこの日本人神父さんに二層になったバジリカ(聖堂)の説明。フランチェスコの石棺がある地下の礼拝堂へと案内される。

7/29(金)4日目:アッシジ
この日の食事は覚えていますよ。昼食はアッシジの駅近くのレストランでパスタの盛り合わせ?日本人向けに色んなパスタをお皿に盛りつけてもらいます。夜はアッシジで一番美味しいと評判のお店で・・・セコンド (メイン)がお肉・・・デザートにジェラートと青カビのチーズを少々・・・。前菜は?忘れた!
イタリア・アッシジ
それよりか、今日の行程ですが、●聖フランチェスカのお墓の前で日本語によるミサ→●アッシジを見下ろす丘の頂にある”ロッカ・マッジョーレ”→●スバジオ山の樫の森に隠れるように建 ち、フランチェスコがここで祈りと絶食、改悛、神との対話に専念した場所”エルモ・デル・カルチェリ”→●それから、”サッン・ダミアーノ”→●”リボトルト教会”→●”聖マリア・デッリ・アンジェリ教会”

7/30(土)5日目:アッシジ→ラ・ヴェルナ→フィレンツェ

聖フランチェスコが聖痕を受けたラ・ヴェルナへ。

ラ・ヴェルナに着き、修道院の中を案内していただいたのですが・・・写真を撮りながら説明を聞くなんて・・・皆さんより行動が遅れます。 ちょと記憶がいい加減になっています。

今までの宿泊場所が「やっぱりヨーロッパ!」てな感じでしたが、フィレンツェに着きホテルに入るとアメリカン・スタイルなホテルだった。 思わずシャッターを切った。アッシジのホテルが1番かな・・・中世の建物をそのままホテルにしていました。エレベーターのドアは手動でした。

7/31(日)6日目:フィレンツェ
●街並みを一望できる”ミケランジェロ広場”→●”サンタ・クローチェ教会”→●”ウッフィツィ美術館”
ミケランジェロ広場
昼食タイム。旅行中、気になっていた手洗いの蛇口、と言うよりかカラン?同じか?(蛇口をひねるところが無い。手を差し伸べても水は出ない?)イタリアについて、最初、何処にあるのだと、結構迷いました。昼食後のちょっと綺麗なトイレで蛇口を撮りました。

●シニョリーア広場→●ヴェッキオ橋→●レップッブリカ(共和国)広場を通って●ドゥオーモ(サンタ・マリア・デル・フォオーレ大聖堂)へと移動する。

8/01(月)7日目:フィレンツェ(ピサ)
フィレンツェからバスでピサに着く。初めて見るピサの斜塔、礼拝堂、ドォーモと建物が素晴らしい。
ピサの斜塔
お昼に1時頃にフィレンツェに戻り、中央市場の近くで降りました。中央市場は午後2時までです。市場を出て近くのカフェでピザはマルガリータを頼む。お味は今一つ、残念でした。

8/02(火)8日目:フィレンツェ→ミラノ

朝5時頃に起きてホテルの周りを散策です。特に何もありませんでしたが、アルノ川にはカモかアヒルか・・・対岸にはサギか?朝の食事でしょうか?

ミラノについて昼食。いやいや美味しかったです。やっとイタリアの味になりました。またお店の内装が重厚な造りでした。昼食後、早速、市内観光です。

●サン・ロレンツォ・マッジョーレ教会→●サンタンブロージョ聖堂→●旧マッジョーレ病院(ミラノ大学)→●スフォルツァ城の前で写真タイム。→●ミラノの駅前を通り、ドゥオーモへ 。
ミラノ・ドゥオーモ
8/03(水)9日目:ミラノ

●ミラノを代表するブレラ絵画館へ。→●スカラ座へ→●ドゥオーモ→●ガッレリア→●スフォルツァ城

8/4・5(木・金)10・11日目:ミラノ→関空

●もう一度、スフォルツァ城へ
●空港に着き、チェックインは人任せ。楽ちんです。あっ!どこ行くの?家族に頼まれお土産を買った方は、現地のガイドさんに連れられて免税手続きをしに行きました。
●無事関空に着きました。
 

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2007USAドライブの旅 7月21日~8月7日 18日間

3/13 航空券を購入する。即時O.K.です。
    (マイレージを使い、エコからビジネスへアップグレードしました)
    Grand Canyon South Rim → Kachina Lodge ネットで予約する。
         Grand Canyon North Rim → Grand Canyon Lodge ネットで予約する。
3/16 航空会社から旅程確認書が届く。
    旅券申請をする。(申請用紙は市役所・町役場の戸籍の窓口に置いてあります。私の町は区役所になります)
    Kachina Lodge、Grand Canyon Lodgeそれぞれのデポジットがカード会社へ請求される。
3/26 IC旅券(e-passport)取得。
3/29 国外免許取得。
6/10 Phoenix到着日と帰国前日の宿をネットで予約する。
    同時にホテルからのレンタカーも予約する。
6/23 レンタカーはユナイテッドのサイトから予約して10%引きでしたが、いったん予約を取り消す。
6/26 再度、ハーツのサイトのトップから20%引きで予約する。
    ↑大失敗。チェック・アウトの時に20ドル引きであることに気が付いた。
7/03 6/29付けでPhoenixのホテルからデポジットがカード会社に請求される。
    遅いので予約できているのか?とちょっと心配した。
7/05 アメリカの携帯電話をネットで購入する。
7/06 携帯電話の代理店から確認の電話が自宅に掛かる。留守だった。
    同じ日に私の携帯電話の留守電にメッセージが残っていた。
7/07 セドナの宿泊を予約する。直で取るより、日本の旅行社を通した方が安かった。
7/07 同日に某旅行社からセドナの二日分の宿泊費をカード会社に請求されていた。早すぎる。
7/09 携帯電話の代理店に電話する。「7/16日に配送のことであった」


8月3日(金)UA886
KIX→SFO→PHX

Phoenix

SEDONA(各パワースポットでボルテックスに癒されるか。そのエナジーとは・・・。8月4・5日(土・日)

Kingman (Grand Canyon Skywalk:渡れますかな・・・)  新しいページが開きます。
      グランドキャニオン鉄道の出発点でもあるウィリアムズで1泊。8月6日(月)
      Historic US-66のセリグマンで散髪屋のエンジェルと会う。
      Uターンしてグランドキャニオン・サウスリムへ向かう。

Grand Canyon South Rim 8月7日(火)夜は風があって寒かった。満天の星空であった。

Grand Canyon North Rim 8月8・9日(水・木)朝夕はとても涼しく、昼間も木陰は過ごしやすかった。
↓→Wupatki National Monument>see the sights 2hours
Flagstaff 8月10・11日(金・土) 予約していなかったので早め宿を決める。思った通り2日間とも夕方のには満室になった。
↓→Meteor CraterとPetrified Forest National Park クレーター:入場料が高い!化石の森:木が化石になるとは摩訶不思議。
Holbrook
↓→シーニック・ロードになっているUS-60を南下   I-17で南下し、アウトレットに寄って買い物。
Phoenix 8月12日(日)

PHX→SFO→KIX 8月13・14日(月・火)UA885

いかなる事になるのか。

予定通りには行かないものである。今回も大きなトラブル無く、ノンビリとしたUSAドライブに旅が出来ました。
 
 

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2009ハワイ・ドライブの旅 8月2日~8月11日 10日間


出発は関空JO0078便21時25分です。16時30分頃自宅を出ました。長い日曜日の始まりです。予定された時刻より1時間早く旅行社の受付カウンターでEチケットを受け取る。アメリカ入国の電子渡航認証システム(Electronic System for Travel Authorization: ESTA)は取得済みです。ESTAの取得は物々しく細かい情報の入力が必要と思っていましたが簡単に取得することができました。ちょっと拍子抜けです。

ハワイ島はカパアウの町にある不屈の精神が宿っているオリジナルのカメハメハ大王像に会いに行くことから始まった。キラウエア火口で虹が迎えてくれ、オアフ島のタンタラスの丘でも虹が迎えてくれた。
 

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2009上海の旅
 12月24日~26日 3日間
 
クリスマス休暇(24~26日)を利用して、先日、息子がネットで買ったsanyoのDMX-CA9を持って、2泊3日の上海に行ってきました(この度、デジカメ一眼レフは持って行かず)。

<1日目>
関空(NH153)から約2時間半のフライトです。機内で夕食が出ました。
到着後、麺料理の夕食。お腹一杯!
夜はナイトクルーズ(OP)です。ちょっとガスってました。残念!

<2日目>
朝食はホテルのバイキング。もちろんお粥があります。
水郷の街、朱家角観光。ドンヨリとした天気。
昼食、上海料理。
上海博物館
夕食、海鮮中華。
上海雑技鑑賞(OP)次の朝8時00分出発のため参加せず。

<3日目>
6時起床、旅行に行ってこんなに早い朝は、2002年モニュメントバレーのサンライズ(5時起床)を見るのに起きた時以来です。本日の朝食は、コンチネンタル風でいただく。時間に限りがあるので焦ってしまう。
魯迅公園散策、魯迅記念館。
昼食、広東料理。
豫園散策、新天地自由行動(鼎泰豐)。
鼎泰豐を見つける。笑顔でスナップ写真に応えてくれた。
グループ旅行の悲しいところです。時間があればここで点心となるところです。新天地ではスタバで休憩しただけです。

リニアモーターカーで上海空港まで・・・。時速430Km体感しました。ジェットコースター並みに怖いです。

NH154で関空まで順調にでした。高級食材はないものの、庶民の中華料理が楽しめた旅でした。国内旅行より安かったのですごく満足しています。
 

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2011ハワイ・退職祝いの旅 4月3日~4月11日 9日間

この3月末を持って定年を待たずして36年間続けてきた仕事に終止符を打ち、自分の生活を優先した。人生に悔いはない。
2011年4月シェラトン・ワイキキのラナイからダイヤモンドヘッドを望む。
前回のハワイはB級グルメを追って旅行をした。ハワイの定番メニュー“ロコモコ”、名物メニュー“フリフリチキン”等々美味しいものがたくさんある。今回は、レンタカーは借りず、トロリーバスでの移動で、ちょっとホテルをリッチに取り、レストランでの料理に舌鼓を打った。感じたのがサーバーの善し悪しである。まず、お客が『何を、どの様に欲しがっているのか』をしっかり聞いて、調理場に伝えちょうど良い加減でサーブしてくれ、良いタイミングでテーブルに来てくれるのである。確かに言葉の問題はありますが、そこはサーバーの力量で、言葉の壁は越えてくれます。お陰様で、いつも海外旅行では体重が減るのですが、約1.5Kgも増えてしまった。最後の夜はイタリアレストラン、すごく落ち着いたサーバーで感じが良く満足できた。

帰国二日前ですがワイキキのツインタワー・ホテル2階にある、1976年のホテル創業時から続き、そのメインダイニングとも云われるレストランで、残念ながら最低のサーバーにあたってしまった。期待していただけに大変残念でした。二度と行かないであろう。しかし、全体を通しては食事を大変おいしく頂き、良いお店、良いサーバーにも巡り会えた。レストランのサーバーによって食事の楽しさ、美味しさが変わってくることが、今回の旅行で特に感じた。ハワイの旅を楽しみにまた計画を立てます。
 

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2011年5月  2011USAドライブの旅 5月23日~6月3日 13日間

ロスアンゼルスからデスバレー国立公園へ!
 
慌ただしく日程を決める。何とかデスバレー国立公園までの詳細をまとめ、迷いながらも最終日までの行程を決めた。日本は閑散期だが地元の人は、週末を楽しむのにモーテル等の予約を入れている。27日(金)がうまく取れない。まぁ、いいか。日程に沿って何とかすべてのモーテル等の宿を決めた。下記に予定を記します。
<May>
5月23日(月)Monday

13:00:自宅出発
13:20:三宮リムジンバス
14:25:関空着
17:10:KIX発 UA886
10:48:SFO着
13:12:SFO発 UA886
14:36:LAX着
15:00:Los Angeles Airport Marriott泊

5月24日(火) Tuesday
08:30:レンタカー チェック・アウト
10:30:Mojave(モハーベ)Fastrip Food Storeで水その他食料品を調達
12:10:Orancha(オランチャ)昼食?
12:30:Lone Pine(ロンパイン)昼食?
14:30:ファーニス クリーク ランチ / FURNACE CREEK RANCH泊
Furnace Creek Ranch Death Valley National Park

5月25日(水)Wednesday
ファーニス クリーク ランチ / FURNACE CREEK RANCH泊
デスバレー観光

5月26日(木)Thursday
08:30:ファーニス クリーク ランチ / FURNACE CREEK RANCH出発
11:15:ラスベガス・ウエルカム・サイン・ボード記念撮影
13:15:St. Georgeで昼食
13:45:Sand Hollow State Park観光
15:00:Hurricane到着
Super 8 Hurricane Zion National Park泊

5月27日(金)Friday
Super 8 Hurricane Zion National Park泊
ザイオンN.P.観光(コロブセクション)

5月28日(土)Saturday
ハリケーンからブライスキャニオンまで117miles約2時間30分
ブライスキャニオン/ Bryce Canyon National Park
BEST WESTERN Ruby's Inn泊

5月29日(日)Sunday
ブライスキャニオンからPageまで149miles約3時間
レイクパウエル観光
LAKE POWELL RESORTS泊

5月30日(月)Monday
Pageからグランドキャニオン・トゥシヤンまで142miles約3時間
グランド・キャニオン観光
BEST WESTERN Grand Canyon Squire Inn泊

5月31日(火)Tuesday
グランドキャニオン・トゥシヤンから
ルート66でオートマン経由ニードルズまで235miles約5時間
ルート66走行(ウイリアムズ→セリグマン→キングマン→オートマン)

トゥシヤンからニードルズまでI-40経由で229miles約3時間45分
BEST WESTERN Colorado River Inn泊

June
6月01日(水)Wednesday

ニードルズからジョシュアツリーN.P.経由でパームスプリングまで234miles約5時間

ニードルズからI-10経由でパームスプリングまで189miles約3時間45分
パームスプリングで温泉に浸かる?
Palm Canyon Resort & Spa泊

6月02日(木)Thursday
パームスプリングから124miles約2時間30分

15:00:レンタカー チェック・イン
返却場所: LAX Marriott Hotel

LAX Marriott Hotel泊

6月03日(金)Friday
06:00:ホテル出発
07:53:LAX発 UA889
09:17:SFO着
11:22:SFO発 UA885

6月04日(土)Saturday
15:15:KIX着
 

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2011年11・12月  2011USAニューヨークの旅 11月29日~12月13日 15日間

ニューヨークから一路、友人を訪ねて!

12年ぶりのニューヨークです。2週間の予定で10泊11日をニューヨークで残りの3泊4日をヒューストンで過ごすことになった。本当は友人のNY興行(11/13)に合わせていく予定だったが、我が家の用事(11/13)で行くことが出来なかった。この度は『NYでの人との出会い』をと思い、NYでの宿泊をすべてB&Bにした。先ずはブルックリンで4泊、ハーレムで4泊、最後2泊はアッパーイーストでした。ハーレムでの4泊ではイタリア人、ドイツ人、フランス人、アメリカに住む日本人と出会いがあった。
 

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2013年9・10月  2013USAニューヨークの旅 9月20日~10月8日 19日間

ニューヨークから一路、友人を訪ねて!第2弾!

前回は“一期一会”ではないが、その時々の出会いを大切にしながらの旅だった。それなりの出会いがあり満足の行く旅だった。しかし、アメリカの旅をして観光客であるが故に、皆さん親切で言葉が通じなくても、それなりに楽しく旅を終えることができた。『何時までもそんなことをしていては・・・本当のアメリカが分からない・・・等々』と思い。この度、思い切って2週間プチ語学留学し、楽しみながら新たなニューヨークを探すことにした。

帰路にシカゴの友人宅にお世話になる。
 

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2014年3月  ボルネオ島の旅 3月21~25日 4日間

すべてを友人が手配をして、気を遣うことも無く充実した旅でした。
 


ホテルから見た風景


お世話になった友人

キナバル公園

こんなに小さな欄

ダンゴムシ

ラフレシア

シーフードレストラン

シーフードレストラン

椰子の実を手際よく割る

サビ島のドラゴン

リバーサファリー・ナイトクルーズ

サビ島シュノーケリング
現地での行動は、日本語現地ツアーで、これまた大変満足したツアーだった。元同僚に感謝する。
 

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2014年4月  ハワイの旅 4月16~23日 8日間

息子の嫁の妹がハワイで挙式すると聞き、息子夫婦と孫との旅行が決まった。
 
ワイキキサンセットのラナイから見た景色。山側であるが夜は最高である。
 

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2015年5月  2015USAドライブの旅 5月19~28日 10日間

 
2011年以来で4年も経っていた。いつのころか、何気なくデンバーをゲートシティーとして予定を立てようと準備始めた。 基本情報入手は“地球の歩き方アメリカ国立公園”である。 前回は'11'12年版で、その発行日を見ると'11年3月18日となっていた。 それなら3月頃に'15'16年版が入手できると思いAmazonで探したが、新しいものは見当たらなかった。 しばらくして、3月中旬に'15'16年版の予約が取れるようになっていた。早速、3月13日に予約を入れた。 そして、3月21日に'15'16年版2015年4月3日改訂第14版第1刷発行が届いた。

準備を始めた。北はデビルスタワー、バッドランズ、マウントラッシュモアetc、南はホワイトサウンズ、カールスバッドetcである。 予定走行距離は北へは約400マイル(6~7時間)、南へは約550マイル(9時間)である。 今まで、一番長い移動はラスベガスからイエローストーンまで約740マイルで実走861miles(1,377Km)で、延べ走行距離は2,177miles(3,483Km)だった。 ところが北から南へは1,000マイルで、延べ走行距離は2,500マイルは超え日数もかかると思い、頃合いのよい8泊10日で北側のみ攻めることにした。

書店に行ったら“地球の歩き方アメリカ('14'15年版)”に「アメリカでも人気エリア“サウスダコタ”4泊5日のドライブ」の特集が組まれていた。買いました。

そして“コロラド・サウスダコタ・ワイオミング州政府観光局” のサイトからサウスダコタの資料を取り寄せ計画を立てた。 沢山の資料を戴き計画が立てやすくなった。目的を“未知との遭遇”として、最後にデビルスタワーにした。
 
旅行記は準備中です。(2015/06/04記述)
旅行記2015/07/08完成!本日アップしました。
 
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2016年6月  2016バルセロナの旅 6月16~21日 6日間(3泊6日)

 
昨年も1年と1ヶ月ぶり、今年も1年と1ヶ月ぶりの旅である。まぁ、それはさておき。私が高校生の時、大阪万博で岡本太郎の“太陽の塔”を見たとき、『何じゃこりゃ?』と思った。同じように、アントニ・ガウディのグエル公園のシンボルになってる“トカゲ”の像も同じ感想である。いつに日か忘れたが、久しぶりにテレビで岡本太郎の作品が特集されていた。その時見た“太陽の塔”は斬新でとても新鮮に見えた。不思議だ。気が付くとガウディの作品も素晴らしく斬新である。

500年の時を経て立てられた、世界最大級のゴシック建築のミラノのドゥオーモには135本の尖塔、2245体の彫刻との融合は唯々驚くばかり。屋上に上がれば更に圧巻である。そこで気になっていたのが建設中であるサグラダ・ファミリア聖堂である。1882年に着工され完成には300年かかるとされていた。ところが2026年に完成と大幅に短縮された。いろんなガウディの作品を実際に観るのを楽しみにしている。

【結果】3泊6日の弾丸旅行のように思っていたが、夜9時頃まで明るいので4日間が有意義に過ごすことができた。カタルーニャ広場を中心に、ゆっくり観るには一週間ほしいところである。
 
ホテルに戻って窓からの眺めを撮った。撮影時刻は20時48分である。この画像では分からないが、中央に現在のバルセロナを象徴するトーレ・アグバル。そして、その右側にサグラダ・ファミリアが見える。


サグラダ・ファミリア


カサ・バトリョ


サグラダ・ファミリア


カサ・バトリョ


サグラダ・ファミリア


カサ・バトリョ


グエル公園


グエル公園



タブラオ最前列ですごく迫力があった。
 
 
 
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2017年2月  2017エジプトの旅 2月19~25日 7日間(4泊7日)

 
昨年のバルセロナ旅行が大変満足した旅であった。アメリカのナショナル・パークの旅の思いもあったが、阪急旅行社(トラピクス)から「お一人様限定の旅」で「エジプト・ナイル川クルーズ」のEメールが届いた。友人にエジプトのベストシーズンを聞いた。『12月から2月です』との回答でした。早速、1月29日出発をリクエストしたが、一足違いでキャンセル待ちになり、『3月なら空きがあります』でした。

2月までに行きたかったので他を探そうとしたとき、新聞広告(てるみくらぶ)に「ベストシーズン♪『ルクソール、アスワン、アブシンベル、ギザ、カイロ』エジプト網羅7日間」があった。ツアーの出発日は2・3月が記載されていた。2月19日出発を決め直ぐに申し込んだ。直ぐにOKが出た。
 
この旅行は添乗員が同行するので、出発の一月前に通路側のシートをお願いした。ところが座席指定(エミレーツ航空)などは「お客様の座席指定は、48時間前からお客様自身で取って戴きます」との返事だった。昨年のバルセロナ(ターキッシュ航空)も同じ48時間前からの座席指定だったので、問題は無いと思っていた。
 
出発3日前の16日にEチケットが届いた。早速、座席を見に行った。あれ?72時間以上前なのに座席指定が出来る。やった!そして復路の座席指定をすると、関空→ドバイが2,400円、ドバイ→カイロが1,900円と出た。えっ!と思ったが、ほとんど通路側が埋まりそうだったので、4,300円で取りました。
 
 
「日本からの添乗員&現地日本語ガイド&ツーリストポリス」と記載があり、日本からの添乗員&現地日本語ガイドは普通であるが、ツーリストポリスが余分だと思っていた。でも、ルクソールの「ハトシェプスト女王の葬祭殿」で、平成9年(1997年)11月17日午前9時過ぎ、突然テロリストの集団が襲った。観光客など合計67人が死亡した。日本人は10人が死亡した。20年ほど前のとても悲しい出来事が、私の脳裏には最近起きたようにはっきりと記憶に残っている。
 
同行するツーリストポリスを見てびっくりした。腰には充分に殺傷能力のある銃を提げていた。そして観光地などは警察官、軍人などによって守られていた。

同行するツーリストポロス

ハトシェプスト女王の葬祭殿

王家の谷エントランス付近

王家の谷エントランス

エジプト考古学博物館

アブシンベル神殿
 
やっぱり行って良かったエジプト観光
【観光第一日目 カイロ】

モハメッド・アリ・モスク

モハメッド・アリ・モスク

エジプト考古学博物館

エジプト考古学博物館
 
【観光二日目 ルクソール】王家の谷が撮影禁止だったので写真はありません。

メムノンの巨像

ハトシェプスト女王の葬祭殿

ハトシェプスト女王の葬祭殿

ハトシェプスト女王の葬祭殿

ルクソール神殿

ルクソール神殿

カルナック神殿

カルナック神殿
 
【観光三日目 アスワン、アブシンベル】

イシス神殿

イシス神殿

切りかけのオベリスク

切りかけのオベリスク
アブ・シンベル神殿 音と光のショー


エジプトの雰囲気がとてもよく出たホテル(コテージ)に泊まった
 
【観光第四日目 アブ・シンベル】

アブ・シンベル神殿の裏側

大神殿の入り口はまだ閉まってます

観光客は両サイドに別れ腰を下ろし
朝日が差し込むのを待った
徐々に差し込む光は神殿奥の2人目の
ラムセスⅡ世像にあたる とても神秘的だった

朝日が大神殿に差し込む
2月22日がラムセスⅡ世の誕生日
この日は2月23日です

左が大神殿 右が小神殿

ハン・ハリーリ・バザール

ハン・ハリーリ・バザール

水たばこを吸うMr.Domo
 
【観光五日目 カイロ】

クフ王のピラミッド

未完の地下室への入り口

カフラー王のピラミッドを摘まんでみた

ギザの三大ピラミッドをバックに定番ショット

ギザの大ピラミッドと大スフィンクス

ギザの大スフィンクスとカフラー王のピラミッド
 
お疲れ様でした。久しぶりの団体ツアーに参加して、早朝から夜まで一日フル活動の行程だったが、とても充実していた。帰国後の体調も大変良い!
旅のその出会い、時間を大切にして過ごした。皆さんありがとう!
 

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☆★☆★☆皆さん!海外に出て、大いに見聞を広めましょう。☆★☆★☆